スポンサーサイト
一定期間更新がないため広告を表示しています
- 2018.05.20 Sunday
- -
- -
- -
- -
- -
- by スポンサードリンク
――彼女はきっと、違う世界に住んでいる――
そんな事実を突きつけられたのは、随分と昔の事だった。
でも、その当時の事は、目を瞑りさえすれば容易に思い起こすことが出来る。
懐かしい、思い出だった。
これからするのは、僕の幼馴染の話。
子供の頃の話だ――。
僕には、女の子の友達がいた。
彼女とは産まれた時の病室が一緒、そして住んでいる家も隣だった。
そんな絵に描いた様な幼馴染としての生活は続き、特に離れるでもなく僕たちは小学生に成長した。
小学6年の暑い日――今から、5年前の事だ。
僕は今まで生きてきた中で、彼女の両親というものを見たことが無かった。
そして彼女が、両親がいない星の下に生まれたわけでもない、という事も理解していた。
「パパとママ?ちゃんと家にいるよ」
セミがうるさく鳴き続ける日だった。
ウィーヨーウィーヨーと、特徴的な鳴き声が耳を突き抜ける。
ニコリと微笑む笑顔に導かれて、僕は初めて彼女の家を訪れた。
自分の家の隣にあるのに、入ったのは始めてだった。
玄関を抜けると、彼女の両親をすぐに見つけることが出来る。
休日のためか、居間で少し遅めの朝食を摂っているようだった。
テーブルの上にはコーヒーカップが二つ置かれ、湯気に馴染むモカの香りが、辺りを染めていた。
どこにでもありそうな、親子3人の休日だった。
ただ――。
彼女が両親だという其は――。
僕には、マネキン人形にしか見えなかったんだ・・・・・・。
異様な光景だった。
まるで自分の頭がおかしくなってしまった、そう――思ったくらいだ。
感情の無い、のっぺりとした顔。
目と鼻と口――人間にあるべきものが無いだけで、人形は恐ろしく――無機質に見えた。
外見がまともな者の内側に宿る、狂気。
それを僕は、幼馴染から感じ取ってしまった。
テレビで警察に連行される殺人鬼やテロリスト、それらは一見して分かる――正常では無い――一面を持っている。
しかし・・・・・・目の前に映る幼馴染は違った。
彼女の外見は正常で、誰もが――良い人、優しい女の子、それ以外の感想は抱かないだろう。
その内側に秘めた、どこか歪んだ――人とは異質な何か――その精神の異常さを垣間見た気がした。
一目見て狂人と分かるのは、神様の与えた、ある種の優しさなのだろう。
だってこの子には――その優しさが無いのだから――。
早くこの場から離れたかった。
幼馴染はパパと呼ぶ物に向かって話しかけているが、当然人形だ。
返事なんて、無い。
マネキンに向かってうんうんと大きく頷くと、幼馴染は僕の手をとり奥の部屋へと遊びに出かけた。
その後の事はあまり覚えていないが、当たり障りの無い会話をして彼女と分かれたと思う。
とにかく、気味の悪い家庭だった。
それから彼女の両親の事は、僕らのタブーとなった。
僕は聞かないし、家にもあがらなかった。
そして彼女も、進んで両親の話しをする事はなかった。
彼女はまだ、マネキン人形と暮らしているのだろうか――?
あれから5年、時が流れようとしていた。
NOeSIS こよみの章
―白烏―
一面の白い霧で、視界は塞がれていた。
塞いだ白いカーテンは妙に明るく、僕と彼女を積もる雪のように照らしている。
「こんな天気で、帰りの飛行機は飛ぶのかな?」
素朴な疑問を口にすると、背の高い彼女は膝を折り目線を僕の高さに合わせた。
「大丈夫、ちゃんと飛ぶよ。」
とても優しい、諭し方だった。
「飛んだはいいけど、墜落したりしない?」
その質問が予想外だったのか、彼女は少しだけ、顔を曇らせる。
「君が帰るの、一緒についていってあげたいんだけどさ。
でも・・・・・・ダメなんだ。」
「分かってる、ここに残るんでしょ?」
「そう――私はね、しばらく――。
この場所に、いなきゃいけないんだ。」
ピンク色をした肉片が、辺りに散らばっていた。
人の手や、足首、桃をむいたように内臓をぶちまけた、胴体。
僕と彼女は、その全てを多い尽くすような白い霧の中を、ゆっくりと進んで行った。
「君に恥ずかしいところ見られちゃったから、次は簡単なフランス語を話せるようになっておくよ。」
先刻の機内アナウンスの内容が聞き取れなかったのを、彼女はひどく気にしているようだった。
負けず嫌いな性格そのままで、僕は少し安心する。
白い靄が流れ、時折その中から、血と油に塗れた肉片が頭をもたげる。
そのバラバラになった人体の破片を踏んづけたりもしたが、僕と彼女はあまりそれを気にしなかった。
「こんな所に残って、一体――何をするの?」
そう、こんな――粉々に砕けた、肉片しか無い場所で。
当然の、疑問だった。
「・・・・・・食事。」
視線を足元に落とし、彼女は申し訳無さそうに呟く。
バラバラになった人々は、きっと彼女が食い散らかしたものだったのだろう。
――それじゃあ、僕は?
彼女は、僕も食べてしまうのだろうか?
「君は食べないよ。」
「ずいぶんお腹が減っているみたいだから、きっと食べるのかと思ってた。」
「うん――食べない。
だって君はまだ、子供だもん、食べる所が無いよ。」
照れ笑いを浮かべながら、彼女は優しく微笑む。
霧に包まれて閉ざされた視界の中、その笑顔は眩しく輝く太陽みたいだった。
「じゃあ、私はここまでかな。」
白い霧に溶けてしまうほどの、薄い色素の肌。
その細く伸びた両足が、歩みを止める。
僕は、既に分かっていた。
「次に君に会えるのがいつかは、分からないけど。」
彼女はとっくに、この世にいないのだと。
「君が私と同じくらいの年齢になった時にね。」
きっともう、死んでしまっているのだと。
「絶対に、会いに行くから。」
優しく手を振る彼女、その姿が急速に霧に溶けていった。
消しゴムで消されたみたいに、僕の記憶は彼女と一緒に溶けていく。
それは――。
まるで最初から、あの人が――。
存在すら、していなかったように――。
NOeSIS―プロローグ―
自分用メモ